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大 本 堂
大本堂

この建造物は、本妙寺一山の大本堂であり西南の役で焼失し、明治17年起工・同27年落慶した。本妙寺は、日蓮宗旧六条門流九州総本寺であり、天正11年加藤清正公が父君清忠公菩提のため大阪に建立されたのに始まる。天正16年清正公が肥後の太守になられたのに伴い熊本城内に移された。慶長16年、清正公が薨去され、ご遺言によってこの中尾山中に御廟所が造営された。
慶長19年いまだ城内にあった本妙寺が焼亡したことを機会にこの御廟所の地に移転再建されることになり 元和2年、清正公第七回忌に際し落慶遷仏会が行われた。この間、慶長10年 後陽成天皇勅願の綸旨を賜り、翌11年永代紫衣を勅許された。
大本堂の門に『勅願道場』と東郷元帥書の掲額があるのは、これに由来する。

◆明治10年西南の役で大本堂焼失す。明治17年十数年の工事を経て大本堂再建される。

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