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清正公御廟所
清正公御廟所

加藤清正公は、天正十六年(1588)肥後判国の領主として入部されてより、熊本城や治水土木に多くの功績を残され現在の熊本の基礎を築かれた。慶長十六年(1611)六月二十四日熊本城中でなくなり、遺言により、熊本城に相対し、自身が築かれた熊本城の天守閣と同じ高さの地に葬られて、淨池廟と称された。元和二年(1616)には本妙寺もまたこの清正公のお墓を守るため熊本城内から移転してきた。淨池廟は、正面に清正公の木像を安置しているが、その真下に清正公が葬られており、この建物全体がそのまま清正公のお墓である。

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